「半分、青い。」ではまだオウンゴールという言葉はなかった

 NHKの朝ドラ「半分、青い。」で伊藤清がヒロインの楡野鈴愛に「オウンゴールだ。」と吐きかける(6月9日放送)が、じつはこの時(1990年)にはサッカーのオウンゴールは「自殺点」と呼びならわされており、当然、「オウンゴール」などという言葉は日本国内にはなかった。サッカーではJリーグ発足当時から使用する用語を選んでいた。Jリーグ発足当時から「サポータ」などの新たな言葉が導入されている。Jリーグは平成5年(1993年)に10クラブで開始しされた。
 しかし、「オウンゴール」はJリーグ発足当時にはなく、「自殺点」が広く使用されていた。日本で「オウンゴール」という世界共通の表現に変わるきっかけとなったのは平成6年(1994年)のアメリカワールドカップの出来事である。予選リーグのコロンビア対アメリカ戦で、コロンビアのディフェンダー・エスコバル選手が自殺点をしてしまった。優勝候補であったコロンビアは、この失点によりアメリカに敗れ、まさかの予選敗退となってしまったのである。コロンビアでサッカーは、国民的スポーツであり、国民のサッカーに対するヒートアップ現象は普通ではない。帰国したエスコバル選手は、外食中のところを襲われ射殺されてしまった。その際、犯人グループが残した言葉は、「オウンゴールありがとよ」という捨てゼリフで、日本でこのニュースが報じられた記事には、「自殺点ありがとよ」となっていた。この三ヶ月後、日本サッカー協会は、「自殺点」という表現をやめるという意思表示をした。エスコバル選手の事件をきっかけに、「死」を連想させる表現に神経質になったとされる。このコロンビアチームとはワールトカップでは前大会、今大会と2大会連続で対戦するので、今ではサッカーファンの間では良く知られた国である。
 したがって、平成2年(1990年)の鈴愛(スズメ)の誕生日(7月7日)には「オウンゴール」などと言う日本人など誰もなく、「自殺点」と言っていた。清(さやか)の決め台詞が時代考証から漏れてしまった理由は分からない。「やてもうた」。これって、脚本家の北川悦吏子がまだ「半分、青い。」という証拠!?
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック