江戸城外桜田門と内桜田門

 幕末にここ外桜田門外で起こったのが「桜田門外の変」(安政7年3月3日(1860年3月24日))である。大老の井伊直弼(彦根藩主)が水戸浪士らに襲われ、暗殺された事件である。
 江戸城にはここ外桜田門と、大手門と坂下門との間に内桜田門があった。内桜田門は現在では吉梗門と呼ばれ、Webで申し込む皇居参観での入退城門となっている。また、外桜田門は昭和36年(1961年)に「旧江戸城外桜田門」として国の重要文化財に指定された。「江戸城跡」は特別史跡である。江戸城跡が皇居になって、お堀の中にある櫓や門などは宮内庁の所管であり国指定重要文化財にはなっていないが、お堀の外にある建物はこのように国指定重要文化財になっている。そのため、「旧江戸城 外桜田門」史跡看板が建てられている。ただし、「桜田門外の変」が起こったのは「万延元年(一八六○)三月三日」と誤って記載されている。「桜田門外の変」から半月後に改元されたのである。ただし、その後には「桜田門 高麗門」標石も建てられている。
 また、皇居になって西ノ丸大手門は皇居正門となっている。
 NHKの大河ドラマ「青天を衝け」ではこの「桜田門外の変」も扱われ、竹中直人さん演じる徳川斉昭が「外桜田門」と言っている。しかし、大河紀行では「桜田門」となっており、「外桜田門」とはなっていなかった。ドラマには時代考証がなされるが、大河紀行では時代考証がないということだろう。

src_41687998.jpg          江戸城外桜田門

src_41688488.jpg          江戸城外桜田門(渡櫓門)

src_18520446.jpg          江戸城内桜田門

src_18520447.jpg          江戸城内桜田門(渡櫓門)

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