富岡城址に富岡城公園が整備され、本丸跡に高麗門、櫓が復元されている-熊本県苓北町

 「苓北町に勝海舟が書いた落書きがあると聞いて。」(肥後ジャーナル 5/22(日) 21:00配信)には、記者名不明の紀行記事が掲載されている。

 勝海舟が書いた落書きがあるという鎮道寺に向かう前に富岡城公園で復元された(2005年)富岡城を取材している。

 それはそれで良いのであるが、その後に鎮道寺に向かうも、予約をしていなかったので「見ることも話しを伺うことも」出来なかったという落ちである。

 肥後ジャーナルでは下調べもしないで現地に向かうのか?

 また、「苓北町」の読みは?何県にあるの?

 「苓北町(れいほくまち)」は熊本県の天草諸島の北西部にある町で、人口6700人余りの町である。天草市に接している。

 「苓北町に住もう!苓北町へ移住の物件探しは苓北町空き家バンクへおまかせください」とあり、何やら、山口県阿武町にもあったような…。

 苓北町にあった富岡城は、唐津城主・寺沢広高が天草郡の地を治めるために、慶長7年(1602年)から慶長10年(1605年)にかけて築城し、番代を置いた。

 寛永18年(1641年)以降は天領となっていたが、寛文4年(1664年)に戸田忠昌が2万1千石で入城し再び富岡藩が立藩した。しかし、寛文10年(1670年)忠昌は遂に三の丸に藩庁を残し、本丸・二の丸を破却し廃城としている。

 廃城後は三の丸が陣屋(富岡陣屋)として残った。

 すなわち、335年の時を経て、富岡城が復元され、苓北町の施設として利用されている。

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