「スイッチプレクサ」のことは全く知らなかった
「上司の反対押し切り大ヒット 携帯の小型化に弾み 村田製作所社長の課長時代」(5/31(月) 7:47配信)[日本経済新聞朝刊 2021年5月19日付]を読んだ。
「「通信方式がデジタル化」とあるが、その世界で最初に試作・開発に成功し、ケータイへの道を拓いたが、その時に設計を担当した3人の担当者の一人であった私は規格を決めて「デュプレクサ」を村田製作所にお願いした経緯がある。それ以前から「デュプレクサ」といえば村田製作所に依頼し、製造してもらっていたからだ。しかし、「スイッチプレクサ」のことは全く知らなかった。」
とコメントした。
ケータイのデファクトとなった世界で最初のデジタル通信方式を試作・開発したのは約40年前のことである。村田製作所社長が課長時代には、日本ではこの世界のデファクトとは異なる、所謂「ガラケー」が始まっていた頃である。「ガラパゴスケータイ」と呼ばれた理由は、昔に試作・開発した方式ではなく、電波の振幅と位相を使ってデジタル情報を送受する「直交変調方式」が利用できることが分かってその方式を採用したからである(https://4travel.jp/travelogue/10897449)。「移動通信では振幅を使ってデジタル情報を送受する方式は向かない」とされていた。世界で最初に試作・開発されたデジタル通信方式はこの迷信に従ったものである。この迷信から解き放されたことで、次の地上デジタルTVに採用され、現在の「地デジ」が生まれた。
そういえば、「国立科学博物館-「日本を変えた千の技術博」?」(https://4travel.jp/travelogue/11422827)で、「試作されたTZ-803型ディジタル自動車電話機」の「TZ-803型」の型番がその後のアナログ方式の「ショルダーホン100型」などに使われたのだが、今になってよくよく考えてみると、電波にデジタルもアナログもなく、それ故に「TZ-803型ディジタル自動車電話機」の後に、ショルダーホンに「TZ-803A」や「TZ-803B」が採番され使用されたものと気が付いた。
また、どの教科書にも、「受信機のミキサには正弦波ではなく、矩形波を用いる方が動作が安定する。ただし、多少NFが劣化する」と記載されていたが、その「多少」が何dBであるかを明確しにしたのはこの迷信が消えてさらに後のことである。
「「通信方式がデジタル化」とあるが、その世界で最初に試作・開発に成功し、ケータイへの道を拓いたが、その時に設計を担当した3人の担当者の一人であった私は規格を決めて「デュプレクサ」を村田製作所にお願いした経緯がある。それ以前から「デュプレクサ」といえば村田製作所に依頼し、製造してもらっていたからだ。しかし、「スイッチプレクサ」のことは全く知らなかった。」
とコメントした。
ケータイのデファクトとなった世界で最初のデジタル通信方式を試作・開発したのは約40年前のことである。村田製作所社長が課長時代には、日本ではこの世界のデファクトとは異なる、所謂「ガラケー」が始まっていた頃である。「ガラパゴスケータイ」と呼ばれた理由は、昔に試作・開発した方式ではなく、電波の振幅と位相を使ってデジタル情報を送受する「直交変調方式」が利用できることが分かってその方式を採用したからである(https://4travel.jp/travelogue/10897449)。「移動通信では振幅を使ってデジタル情報を送受する方式は向かない」とされていた。世界で最初に試作・開発されたデジタル通信方式はこの迷信に従ったものである。この迷信から解き放されたことで、次の地上デジタルTVに採用され、現在の「地デジ」が生まれた。
そういえば、「国立科学博物館-「日本を変えた千の技術博」?」(https://4travel.jp/travelogue/11422827)で、「試作されたTZ-803型ディジタル自動車電話機」の「TZ-803型」の型番がその後のアナログ方式の「ショルダーホン100型」などに使われたのだが、今になってよくよく考えてみると、電波にデジタルもアナログもなく、それ故に「TZ-803型ディジタル自動車電話機」の後に、ショルダーホンに「TZ-803A」や「TZ-803B」が採番され使用されたものと気が付いた。
また、どの教科書にも、「受信機のミキサには正弦波ではなく、矩形波を用いる方が動作が安定する。ただし、多少NFが劣化する」と記載されていたが、その「多少」が何dBであるかを明確しにしたのはこの迷信が消えてさらに後のことである。
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