「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」には可笑しなことも

 昨日(8/9)のTVニュースで「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」の中から4、5枚の白黒写真に色彩が施され、蘇った昔(戦前・戦中)の写真が紹介されていた。これは昨年8月にNHKで紹介され(https://www.nhk.or.jp/gendai/kiji/157/index.html)、今年7月に「AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争」(庭田杏珠、渡邉英徳著 光文社新書)として出版されたからのようだ。まるで、幕末から明治維新の頃の江戸城の彩色写真のようだ。
 このなかで、1点には大きな疑問符が付いた。一家が丘の上で撮った白黒写真のカラー版である。家族が座っている場所には2色の花が咲いていて、(AIではそれを)白花と黄花で色分けした。しかし、その写真は「タンポポ畑で撮った」という情報で、これら2色の花は元の白黒写真を無視していずれも黄花に彩色が変更された。元の白黒写真で濃淡が違えばそれらの花は異なる色の花であったはずだ。しかし、「タンポポ畑で撮った」という情報からそれらはシロツメクサ(クローバ)やタンポポではなく、いずれもタンポポの黄花に変更してしまったのである。大学生になったばかりの庭田杏珠さんでは知識が乏しく、タンポポの花と言ったら「黄花」で、「白花」は見たことがないのかも知れない。また、東京大大学院教授の渡邉英徳氏では首都圏に住んでいて白花タンポポなど見る機会などなかったのであろう。
 時代劇には必ず時代考証の先生が参加するのは当たり前になっている。これはドラマにできるだけ間違いがないようにするための方策である。
 私は2011年11月に初めて白花タンポポを見た。鎌倉市内の巨福呂坂切通と亀ヶ谷坂切通を繋ぐ扇ガ谷山中の尾根道でである。この尾根道の頂には関東タンポポが群生し、そこから少し下ったやや日陰になる坂道には白花タンポポが何株か自生していた。それは今も変わらない。すなわち、白花タンポポと黄花タンポポは非常に近い場所でも自生・群生するのだ。
 なお、昭和初年頃に生まれた鎌倉在住の庭師の親方は、「戦前には、扇ガ谷では山の奥に入ると白花タンポポが咲いていたものだ。」という。しかし、扇ガ谷の山中ではこの場所以外では白花タンポポは見つけてはいない。
 この写真の中では当初はシロツメクサ(クローバ)として白く彩色した花は黄花タンポポでは決してなく、シロツメクサ(クローバ)か白花タンポポであったと考えられる。しかし、こうして人の固定観念で、シロツメクサ(クローバ)か白花タンポポであったものが黄花タンポポに改変されて行く。これではデータの改変である。絵画ではなく写真であるのであるから、それは許されないことである。やはり、白黒写真で明らかに異なる濃淡の2つの花をいずれも同じとして黄色を塗ってしまうこの筆者たちのレベルの低さには呆れてしまった。

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